by 藤田りか子 2019.09.18
▲ローマ郊外の野犬たち。ここでユージニア・ナトーリさんの研究が行われた
犬の群れが階級制度を持つか、持たないか、というのは学識者の間でひとつのトレンドになっている研究であるが、イタリアの野良犬の研究者によっても学会誌で発表されている。発表を行ったのは、2014年、イタリアのパルマ大学の研究者の一人であるユージニア・ナトーリさんとロベルト・ボナーニさん。結果から述べると、ローマの野良犬でのフィールド調査によれば、犬の群れには、確かにリーダー格なる犬がいるということ。そして群れ行動のイニシアチブを発揮する。のみならず、どのオスが発情したメスと交尾をできるのかという特権も、階級が上にゆくほど有利となる。尿によるマーキングも、よりランクの高い犬が行う。
ロベルトさん、ユージニアさんらは、2005年から2010年の5年間にわたって、ローマ郊外に生息する野良犬を観察してきた。イタリアの野犬対策は、市で行われており、捕まえて不妊去勢を行い、また「野生」に放す。なので調査の対象となった犬たちの中には、繁殖ができないオス、メスも存在していた。そして彼らは、ボランティアの人たちによって、毎朝、レストランや肉屋から残飯などが与えられている。
観察した犬たちは、5つの群れから構成され、各々のテリトリーを持っている。研究者達は、各群れが階級を形成しているのか、そしてテリトリーをどのように守るかなどを、犬たちの見せるボディランゲージを観察し、分析をし、解釈を行った。
犬を観察していると、「何か行動を始めよう!」というイニシアチブをとる個体は、必ずしも特定の一頭ではない、ということに気がつく。ユージニアさん、ロベルトさんが観察した27頭からなる例外的に大所帯な群れにおいては、何か決断を出す際に、それに従う犬もいれば、別の行動をしだす犬もいたという。たとえばテリトリーを守る時など、皆が協調的になるとは限らなかったというのだ。ただし、それも群れのサイズにもよる。たとえば9頭からなる群れの場合、群れのメンバーはできるだけ一致団結をした。テリトリーを守るために、皆が吠えたり、脅したりなど、防衛行動に加担したのだ。
ロベルトさんらは、犬がどこかに移動をする際に、それが誰の「リード」によるかを観察した。この観察で大事なのは、まず「移動をしよう!」と決断を下した個体に、誰かが賛同しているか、どうかを見極めることである。リードを行う犬を「リーダー」と呼ぶために、この研究ではひとつの定義を行った。つまり、どこかに移動をしようと体を起こした際に、10分以内に、果たしてその犬に2頭以上の他の犬がついてくるか、否か。自分だけが動いて誰もついてこなければ、それはリーダーとは呼べない、というわけだ。
そして、誰かのイニシアチブに対してついてゆく個体、追従者をフォロワーと呼び、どの犬がよりフォロワーになるか、というのも記録した。
結果は明らかだ。コリドオイオと呼ばれる27匹からなるパック(群れ)においては、メリノと呼ばれるオスがメンバーの追従を受ける存在としてダントツ1位。逆に自分から誰かの動きについていった、という記録はなし!メリノのほかにも、そこそこにフォロワーを持つ犬もいたが、やはりメリノほど「カリスマ性」はなく、自分自身がフォロワーになってしまっている時もしばしば。一方で、誰かについて行くだけ、を決め込むフォロワー専門の犬たちも存在し、それが群れのメンバーの約半分を占めた。
ただしこれら事実だけで、犬の群れに「リーダーが存在する」と結論しなかったのが、ユージニアさんらの研究の質が高い所以である。彼らはさらに「メリノのような犬というのは、実際には、どのような関係を群れのメンバーと築いているのだろうか」にも踏み込んだ。
犬の順位とは、犬同士のどんな関係によって決められるのだろうか。
一つは、強い個体が気弱な個体に攻撃をするなど、脅すことで、 自分が上位に立ち地位を高める、というパターン。もう一つは、下手(したて)に出る犬から好かれ、多くのファンを獲得することで自分の地位を高めるパターン。ロベルトさん、ユージニアさん は、後者のパターンを確かめるために、相手の口をペロペロなめたり、何かとペコペコと相手にへつらう 「ペコペコ・パフォーマー」とそのペコペコ態度を相手からもらう「ペコペコ・レシーバー」に犬同士の行動をわけた。そしてボディランゲージを記録しデータを解析した。
すると、ペコペコ・パフォーマーとレシーバーの頻度は、関連性を示し、はっきりとした階級となり表れた。つまり、ペコペコをもらう犬であればあるほど、自分で他犬にペコペコとパフォーマンスする頻度が少なくなる、ということである。同様に、攻撃的な行動を見せるパフォーマーとそれを受けるレシーバーの間についても、調べたところ、この場合、これといった順位が構成できなかった。
....ということは、犬に階級が存在するとしたら、相手に好きだよ好きだよとメッセージを発する腰の低いメンバーが、 勝手に上位者の順位を作り上げている、と考えてもよさそうだ。別の言葉でいうと、攻撃的な行動は、階級を作らない、ということでもある。上から権威を押し付けられても無理なのだ。
さて、前述のメリノは、果たしてどれほど「ペコペコ」を群れから享受したか?
なんと結果は見事。メリノは群れ一番のペコペコ・レシーバーであった。つまり、メリノは皆に好かれ、それゆえに、何か行動を起こしても、みんなが自然についてきてくれるのである。他の群れでも同様なことが観察された。
われわれが犬と接する時も、上からただ権威をおしつけてもだめである、ということが、こんな野犬の観察からわかるものだ。やっぱり、飼い主と犬の関係、犬から「好きだよう!」と言われて、自分がボスにならねばならぬということだ。そして、好きになってもらうには?そう!すでに何回も述べているように、犬といっしょに遊んだり、スポーツをすること。犬の目線で犬が楽しいと思うことをたくさん提供する。これが好かれる飼い主の条件だろう。
※本記事はブログメディア「dog actually」に2015年9月9日に初出したものを、一部修正して公開しています。