by 藤田りか子 2019.10.18
犬連れパブ。パブの常連犬になるのだって、それまでの慣れがあったからこそ。同じ散歩道を往復するだけの環境トレーニングの足りない犬がいきなりここにきたら、やっぱり驚く!
犬連れカフェ、そして犬連れホテルなど、愛犬家が増えるに従って、日本でも愛犬を同伴できる施設が増えてきた。犬が社会に受け入れられている、ということでとても好ましい傾向だ。ただし、実際、蓋を開けてみると
「ドッグランで犬がギャーギャー吠えまくり」
「せっかく連れて行っても、ドッグカフェで犬が落ち着けない」
などと、ネガティブな声もあるそうだ。以上は、この間日本に滞在した際に小耳に挟んだことなのだが...。
もしこれが本当なら、犬の競技会やドッグショーに参加している人なら当たり前に行っている環境トレーニングの習慣が、一般の飼い主の間ではそれほど広く行き渡っていない、と結論せざるをえないだろう。中には「犬にストレスを与えるから、カフェなんかに連れて行くのは人間の身勝手以外の何ものでもない!」とまでいう人もいる。環境トレーニングも行っていないのに、カフェに連れて行けば、犬は新しい環境で、おまけに次々とやってくる犬に対してどう振る舞っていいかわからず、不安感や防衛心でストレスレベルは上がりまくるだろう。こうなれば、確かにドッグ・カフェは百害あって一利なし。
これは困ったことだ!
ほとんどの時間、家に閉じ込められ、外に出て社会化トレーニングのみならず環境トレーニングを行っていない、あるいはほとんど運動を与えられていない犬が、いきなりカフェだの犬が多く集まるようなイベントに行けば、大パニックを起こすのは、動物として当たり前である。この感覚は、犬をぬいぐるみ、としてしか見ていない人には、なかなか理解できないことかもしれない。
犬は生きている。にもかかわらず、人間の言葉を完全に理解することはできないから、いくら「カフェが安全だ」と私たちが言い聞かせても、彼らは経験とか慣れでしかそれを知ることができない。もちろん私自身も、そういう動物感覚をひどい失敗を犯しながら、学んだ。
もう20年前ほどになるが、スウェーデンに移り住んで初めて飼った犬がレオンベルガーという大型犬なのだが、若い頃まではいろいろな場所に行って環境トレーニングをしていたものの、その後は「もう大丈夫」と冬の間、気候が寒いせいもあって、自分の近所周りでしか行動しなかった。そして冬が明け暖かくなり、いよいよ、ドッグイベントなど盛んになった頃。彼女を街のテラス席のあるレストランに連れて行ってみると!他の犬を見て「う?!」と唸る犬になってしまっていた....。
▲犬連れ可能なカフェやレストランに連れて行く前に、家庭で行われるパーティで愛犬がちゃんとお行儀よく振る舞えるか、トレーニングしておくのも一案。
レオンベルガーは、もともと番犬種を混ぜ合わせて作り上げられた犬だから、個体によってはかなり防衛的な個体もいる。なので、犬種の特性のため、という風に言い訳もできるだろう。しかし、これでは社会での共生が難しくなる!というわけで、徹底的に環境トレーニングの入れ直しを図った。
街で遠巻きに他の犬とすれ違うトレーニングから始まり、小規模の街歩きから、大規模都市での歩き、ローカルレベルで行なわれているショードッグトレーニングや日常オビディエンス(服従訓練)教室に行くなど、とにかく、徐々にさまざまな環境に慣らし、不安に思わせるものを心の中で上手に処理できる術を学んでもらった。かなりの改善が見られた後ですら、これでいい、という終わりはなく、結局、このトレーニングは生涯を通してのものとなった。
レオンベルガーの後に我が家に来た犬たちは、そんなわけで、成犬になってもあらゆるところに連れて行き、環境強い犬になってもらっている。今いるレトリーバーのラッコの場合、それでも何かとリアクティブ(反応しやすい)なので、とくにドッグスポーツの練習試合のある時、あるいはドッグショーの前は、たんまりと運動をしてから、フィールド(リング)に入る。そうするとラッコはちょうどいいぐらいにメンタルのバランスが取れてきて、私とコンタクトが取れやすい状態に仕上がる。
私の知っているオビディエンスのコンペティターは、もっとすごかった。かなりアクティブなボーダーコリーで競っていたのだが、競技会の前に10kmぐらい自転車で走らせてから、試合のリングに入っていた。
というわけで、犬が街の騒音やイベント会場でのざわめき、そして知らない犬と隣り合わせになることに、それなりのトレーニングがいることは、常に心しておかなければならない。警察犬や災害救助犬、そして盲導犬は、何の気にもしていなさそうに、混雑や混沌とした中を歩いているが、もちろん元々の気質もあるけれど、あれも毎日の環境トレーニングの賜物だ。
馬を連れて(馬に乗って)どこにでも行く、という当たり前のアクティビティには、実は、多くの環境馴致トレーニングがその背後に積み重ねられている。馬の場合、驚いた時の反応は、人を落とすこともあるので、命に関わる。それだけに、馬と接するときは、環境トレーニングを決してないがしろにはしない。 犬と付き合うときも、これぐらいの覚悟で、真剣に行おう。
動物には、たくさんの慣れが必要だ。これは特に一度でも馬を扱った人なら、すぐにわかることだろう。新しいことをやらせたり、新しい馬具をつけることですら、いきなり馬をそれに押し付けることはない。音を聞かせたり、におわせたりして、まずは、安全だ、ということを確認させてからゆっくりと慣れさせる。近づく時ですら、一声かけてから。さもないと、驚いて蹴られるリスクもある。犬に対しても、これは同じだ。犬が休んでいたり、集中している時に、いきなり近づくのではなく、あらかじめ声をかけながら近づくよ、ということをお知らせしなければならない。
いきなりのドッグラン、いきなりのドッグカフェ、いきなりのドッグイベントは、犬にはかなりの負担になる。ある程度、環境強さを鍛錬してから臨まれたい。そして普段の運動をきちんと与えていることも大事だ。これらプロセスを経てからでのドッグランやドッグカフェであれば、さらなる環境強さ作りに貢献してくれるはず。場を踏めば踏むほど、メンタル強い、安定した犬になってくれる。となれば、犬との遊び方の次元もどんどん広がってくるし、より犬たちが「お行儀よく」社会に浸透して行くことになるだろう。そしてより人と犬が仲良くなれること請け合いだ。
※本記事はブログメディア「dog actually」に2016年3月30日に初出したものを、一部修正して公開しています。