海の向こうからいぬ語り⑦ 叱らない訓練は楽しい!

by 藤田りか子 2018.12.19

クリッカーを使って、サーカスっぽい芸(水道の蛇口を開け閉めするとか、ビール缶を持ってきてもらうとか)を教えることはもうずいぶん前からやっていたことなので、私にとって、今更クリッカー・トレーニングは新しいものではない。


だが先週、ガンドッグの技(鳥を回収する等)、つまり送り出しから手に獲物を渡してもらう、という一連の技をクリッカーで教えるという2日間のコースをとって、改めてポジティブ・トレーニングの威力を思い知ったものだ。




ガンドッグの世界、というか狩猟犬の世界は、強制と矯正という古い訓練法が主流だ。私もできるだけポジティブに接していたつもりだが、同時にかなり「ダメ!」を連呼する訓練を伝統にしたがって行っていたのを、この際白状したい。


何故狩猟犬の世界は保守的なのかって? 私の考えでは、ここは男性優勢の世界だから!...といったらジェンダーの差別だと石を投げられるかな? でも事実、この世界でポジティブ訓練なんて言ったら「女々しい」とか「バカバカしい」と軽蔑されてしまうのが、男女平等を自負するスウェーデンですらも、まだまだ当たり前なのだ。




私の飼っているレトリーバーはとても珍しい犬種、カーリーコーテッド・レトリーバーである。狩猟をする人の中でも、この犬を飼っている人はほとんどいない。なぜなら、ラブラドールやゴールデンほど従順ではなく、訓練が難しい。


そんな犬種でも私にとってはとても魅力的なのだが、まぁ、それはいずれの機会に話すことにして、特にこのような頭の堅い犬種を訓練することにおいて、モチベーションはとても大事である。「こら!」とか「ダメ!」を繰り返しても、こちらの威厳が増すことなどまずない。そのうち「そんなに回収してもらいたければ自分で取りにいけばいいじゃん」と、彼らは私たちの意図とはうらはらに、より反対方向へ走ってゆく。フィールド系(作業性能を重視したタイプ)のラブとは、その点大違いだ。


ダミーを投げて送り出す時は、レトリーバー種であれば、どの犬でも嬉々として飛び出していくものだ。この狩猟欲は、過去の選択繁殖の成果といってもいいだろう。しかし問題は、ダミーをくわえてこちらに返してもらうとき。フィールド系のラブラドールなら、ほとんどが問題なく「迅速に」ハンドラーの元へ帰ってくる。


しかしカーリーときたら、途中でオシッコはするし、おまけにハンドラーに到着する前に口から吐き出してしまう輩も珍しくない。そこで我々カーリーのハンドラーは、犬がきちんとくわえて私たちの手元にくるように、放しそうになると「だめ!」「保持!」という矯正と号令を繰り返す羽目に陥っている。




今回、クリッカーを使ってガンドッグトレーニングのコースを開催したのは、スウェーデンでもきってのクリッカートレーナー、エルザ・ブロムスターさん。ショー系とフィールド系のゴールデン・レトリーバーを飼い、クリッカーを使ってガンドッグトレーニングを行い、フィールド、服従、トラッキングなど数々の競技会にて成功を収めた強者だ。北欧の、「カニス」というポジティブ・トレーニングを奨励する大きなトレーナー団体に属している。


彼女に言わせると、まず回収したものを持ってくることの楽しさをインプットすることから訓練を始める、ということ。そうすればラブのように、回収したあとも喜んでハンドラーの元に迅速に走って戻ってくるはずだと。


そこでクリッカーなのである。人間の手のひらをターゲット(目標)にやってくるように、クリッカーでまず訓練をする。ダミーなしで、である。これをさんざんインプットしたあとにダミーをくわえさせて、手のひらを差し出す。手のひらをターゲットにすることにすっかり慣れている犬は、ダミーをくわえながら手のひらにめがけてやってくる。


「なんと!」


私はこの2日間のコースをとって1週間後、我が愛犬の進歩に驚いたものである。ちなみに彼は5ヶ月の若犬だ。今まで、手元まで来ると彼はどうしてもダミーを放してしまっていた。その度に私は「ダメ!」と声を張り上げていた。いや、それどころか、時にはひょい、と方向を変えて走っていってしまうこともしばしば。そこでまた「ダメ!」とストップの合図を出して「来い!」の号令。常に犬へガミガミ状態。


だがこの手のひらをターゲットにしてやってくるという方法によって、横にそれずに、あるいは途中でダミーを吐き出しもせず、手のひらにまともに「ボイン!」と鼻を押し付けて戻ってくるではないか。


この訓練の間、私は一言も「ダメ」とか「くわえて!」とか号令を出していない。ああ、叱らない訓練は楽しい! なんといってもストレスフリーだ。いちいち怒ったり、叱ったり、命令を出し続けるのは気持ちがそのたびに高揚するから、私自身にストレスがかかる。どこかでイライラするし、気持ちが晴れない。


私のストレスを感じて、犬だってちっとも面白くないはずだ。犬をアクティブにさせてメンタルを健全にしてあげようというのが本来のドッグスポーツのあり方であるが、叱られていれば犬はよりストレスをためてゆく。これでは本末転倒だ。




しかし、叱ることから一旦解放されると... 。私も楽しい。犬も楽しい。そして何よりも効果的。たった1週間で問題が解決したのだから、その威力を理解してほしい。ややもすれば、これは永遠の問題になりうることもあるのだから。


コースでは他にもたくさんのコツと訓練の仕方を習ったが、参加者が皆「この方法でやると、ほっとする」と語り合っていた。5ヶ月の子犬時からこうした集まりに参加させることで、他の犬達がいる中でもリラックスする術も学んでくれる。


叱らないというのは、単にトリーツ付けにして犬を甘やかすことではない。叱らないためには、前述したように、まず手をターゲットとして覚えさせ、ダミーを取らせるなど、いろいろな創意工夫が必要だ。


一方、叱る訓練は、犬がすでにやってしまったことに対して「矯正」を設ける。結果修正。ということは、あまりこちらが先回りをしてプランを練ったり考えなくてもいい、ということだ。「叱る」ということ以外…。


叱らない訓練は楽しい。成果が出ればなお楽しい。犬も人もポジティブな感情をシェアできる。こうして絆も強くなるというものだ。


※本記事はブログメディア「dog actually」に2013年5月15日に初出したものを、一部修正して公開しています


【この連載について】

世界中どこでも、人がいるところには犬がいます。両者の関係も、国が違えば千差万別、十人十色! スウェーデン在住のドッグライター・藤田りか子さんが、海の向こうからワールドワイドな犬情報を提供してくれるこの連載。あなたの常識を吹き飛ばす、犬との新しい付き合い方が見つかるかも?


【藤田りか子 プロフィール】

スウェーデン在住。レトリーバー2匹と暮らす。トレーニングは趣味、競技会はパッション。著書に「最新世界の犬種大図鑑(誠文堂新光社)」。犬雑誌「TERRA CANINA」編集者、Web「犬曰く」で活躍。

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