by 藤田りか子 2019.07.24
練習中はうまくいく。だが、本当に「来い!」が必要な状況、たとえば、猫を追いかけそうになったとか、行ってはいけないところに行きそうになったとか、緊急事態の時に限って、まるで耳が聞こえないがごとく犬がコマンドを無視することがある。あるいは競技会の時、ちょっと自慢のために友人に愛犬のパフォーマンスを見せるという時も、いつも通りにコマンドに従わないということがある。
もちろん、誘惑が強すぎて聞いてくれない、というのも理由の一つ。だが私たちの緊迫した感情が「来い!」というコマンドに込められすぎて別のトーンに聞こえる現象があるのではないか、とあるトレーナーは語ってくれた。たとえピンチの状態でも、いつも通り「来い!」というコマンドを落ち着いて出せていたら、練習時のときのように、犬は喜んで戻ってきていたかもしれない、と。
これで思い出したのがわが愛犬ラッコと「ストップ」のコマンドである。悲しいかな、場合によって彼は「ストップ」というコマンドを聞かない。それどころか余計に遠くに走り去ってしまうことも!それも肝心なシーンで。これぞ、まさに上記の理由だ。「ストップ」という時に私の声が緊迫していること、さらにその言葉が聞こえる時は、必ず行き先にシカがいるという状態。そこで彼の頭には「緊迫した声のストップ=シカ」の図ができあがってしまった!犬は決してバカじゃない。
それに気がついて、試しにシカがいないところでも、同じぐらい緊迫したトーンで「ストップ」と声をかけた...すると案の定!ラッコは地面を嗅いでいたものの、頭をスクッと上げた。そして体全体に緊張感をみなぎらせ、キョロキョロしてどこにシカがいるのか探し始めた。この時の彼の目を見ると、私のことなど明らかに意識になし!しかし、落ち着いた普通のトーンで言えば、すぐさま立ち止まってこちらの指示を待つ。
というわけで問題は、本当にシカがいるときに落ち着いた声で私がストップと言えるのか、言えないのか...!落ち着いたフリをしても無駄だ。犬はすぐさまトーンを聞き分ける。犬をトレーニングする前に、まず私が精神修行をする必要がありそうだ。
2015年アメリカ、デューク大学の犬の認知科学センターが、ある研究の発表と同時にとても面白いビデオを公開した(上の動画参照)。実験のモデルとなったキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルのチャーリー・ブラウンは、落ち着いた声で呼んでもらえると、透明のスクリーン壁を上手に迂回して実験者のところにやってくることができた。しかしキャァキャァと高いテンションで呼ばれるとそれに動じて一緒に舞い上がってしまい、問題解決をする気持ちの余裕を失ってしまった。この調査では犬の性格とストレスへの耐性、そしてパフォーマンス能力が焦点になったのだが、私にとってそれより面白いと思えたのは、犬は声の中に人間のストレスを確実に読み取る、という点であった。
犬と接するときは断固として落ち着いて、とはよく言われることだ。このことは、私とラッコの例やさらにはこのデューク大学の実験が証明していると言ってもいいだろう。そして犬と付き合うのが上手な人あるいは優秀なトレーナーは、犬に話しかける時は実に落ち着いている。大げさに褒めていても、声は決して上擦ることはない。実はすごくトーンが落ちているものだ。「ダメ!」という言葉を発するときも同様だ。この法則は、ご褒美をベースにして教えるポジティブ・トレーニングを行うトレーナーにしても、罰を与えるトレーナーにしても、派閥に関係なく等しく当てはまるように思える。
さて皆さんはどんな口調で犬にお願いをしますか?
※本記事はブログメディア「dog actually」に2016年8月17日に初出したものを、一部修正して公開しています