海の向こうからいぬ語り④ ブリーダーから子犬を得るということ

by 藤田りか子 2018.05.29

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待った、待った。もう2年越しになる。


12月のある朝、ブリーダーに「ええ、カーリーコーテッドの子、4頭が生まれているわよ」と連絡を受けた。


やった~!と小躍り。目からは嬉し涙。北欧の冬の暗さと憂鬱さにすっかりげんなりしていた私の眼前に、とつぜん太陽キラキラのパラダイス風景が繰り広げられた。




北欧では犬のペットショップでの販売は法律で禁じられている。だから、犬を得るときはブリーダーに直接交渉しなければならないのだが、なにしろブリーダーも皆、趣味で行っている。多くは別にメインの職をもっている人々だ。


なので、1年にあるいは2年に1度程度の割合でブリーディングしている犬舎がほとんど。だからすぐに犬が手に入る、というわけにはいかない。


それも、特にこちらにいろいろ要求があると…。欲しい犬種を定め、ショードッグとして、スポーツドッグとしてよい記録を残している親から生まれていて、さらに健康な犬、となるとチョイスはひどく狭まってくる。


この犬種はそれでなくとも、同じレトリーバーのゴールデンやラブほど犬舎がたくさんあるわけではないし、そもそもあまり人気がない犬種だ。


数年前からいろいろな犬舎に連絡を取り、子犬の予定を聞き回った。予定して交配させたものの、妊娠には至らないケースもいくつかあった。もう2度とこの犬種を持てないのではないか、と一時はとても悲観的になった。だから、自分の望む犬を持つブリーダーから連絡がきたとき、その喜びもひとしおだ。




海の向こうからいぬ語り④ ブリーダーから子犬を得るということ


それに、このシステムであれば、衝動買いというリスクも避けられる。買い手がじっくりと事前調査し始めるからだ。ペットショップのように、行きあたりばったりで「どの子にしようかな」は不可能だ。まずは、どの犬種のブリーダーを訪れなければいけないのか、から考えなければならない。そこで犬種の調査を始める。自分の気質に合っているか、家庭環境は犬種に合っているか、運動量を賄いきれるか。


子犬が4週目になったとき、犬舎を訪れることができた。そこで環境を見て、両親犬を見て、そしてブリーダーにいろいろ質問ができる。兄弟犬の中から気に入った子を選び、子犬が8週齢になった4週間後、引き取りに行く。




ブリーダーから犬を得るのであれば、まず両親犬の血統を事前にじっくりと調べることができる。たとえば私の犬の母犬はアメリカ系の血統であり、そして父犬は北欧系。なかなかユニークなコンビネーション。それに地理的に離れているので、血縁が遠くなるというのは満点。


このブリーダーは、レトリービングのスポーツや足跡追求などのスポーツを行い、彼女の犬達の何頭かは大きな賞を取っている。ということは、ここの犬達は概して気質もいいということだ(スポーツを覚えやすい犬というのは、人間とコンタクトを取りやすい)。


それから最近では、facebookというテクノロジーもある。ブリーダーが、子犬の買い手たちにどれだけ頻繁にコンタクトを取ってフォローアップを行っているか、というのもFBで察することができる。


子犬がどんな風な犬に成長しているか、子犬の新しい家庭に対してどれだけ関心があるか、新しいオーナーといかにコンタクトを築き、いっしょにドッグショーやスポーツを楽しんでいるか。これらの要素はすべて、「ブリーダーがいかに責任を持って犬をブリーディングしているか」を教えてくれる素晴らしいバロメーターとなる。




以上のように、ブリーダーから犬を得るというシステムでは、「ブリーダーを選ぶ」という、私たち買い手からのシビアな圧力がかかりやすい。結果、ブリーダーの質が向上する。


血統種の犬を作るというのは、単に「贅沢品」の製造ではない。そこにはブリーダーのたくさんの努力が込められている。より遺伝性疾患を避けやすくなり、より家庭犬として気質のいい犬が生まれてくる可能性が高まる。


そして私たち買い手がブリーダーにどれほど「多く」を要求するかによって、ブリーダーの質は年々高まっていくことになる。


一方で、ブリーダーも買い手を選ぶという風潮が、このシステムでは存在しやすい。手塩にかけて育てた犬たちだ。いい加減に飼ってもらっては、今までの努力を無駄にされてしまう。ブリーダーの努力に報いてくれるだけの家庭に犬を送りたいはずだ。


私も、自分がどれだけ「良き飼い主」か、おおいにブリーダーにPRしたものだ。住んでいるまわりの環境の写真を送ったり、普段どんな風に犬と接しているのか、将来新しい犬と何をしたいのか、その詳細のメールも送った。


この考え方に慣れない、日本に住む私の母はびっくりした。「買い手が、そんなに売り手にペコペコすることが必要なの?」と。


そう、「商品」が命あるものである限り、むしろ買い手の質は選ばれるべきである。お金を積むだけでは欲しいものは手に入らない。「お客様は神様です」思想は、生き物を扱う世界では存在してはいけない。




そして、待望の子犬「ラッコ」がわが家にやってきた。


ラッコは掃除機の音を聞いても驚かない。スウェーデンでは、多くのホビーブリーダーが家の中で犬を飼う。つまりブリーダーの家が母犬の「犬小屋」であり、そこで大人や家族の子供達と育つ子犬たちは、家庭にある普通の雑音にすっかり慣れている。


おまけにラッコは、欲しいものがあるとクレクレと立ち上がるかわりに、すでにちょこんと座わって待とうとするではないか。たった8週目の子犬なのに!


リードにもある程度慣れている(しかしまだまだ練習が必要だ!)。


そして、レトリーバーたるもの、ものをくわえることに躊躇してはいけないのだが、くわえるどころか、こちらに持ってこようとする! ブリーダーによると、ためしにすでに鳥もくわえさせたとのこと。


厳しいトレーニングを施す、というのではなく、ブリーダーはこれらを兄弟犬達との楽しい遊びの中で、すでにやってくれているのである。おかげでラッコは将来、鳥をくわえることに躊躇することはないだろう(多くの犬は必ずしも積極的に鳥をくわえるわけではなく、最初はとても気持ち悪がる)。


ちなみに、子犬とともにブリーダーから手渡されたのは、パピーキット。子犬の新しい生活に必要なものが箱に詰められているのだけど、その中にウサギの皮でカバーされたダミー(回収の練習に使うときの物品)が入っていた。さすが、レトリーバーの犬舎ならでは!


こんな風に自分の犬種を愛し、責任のあるブリーダーなら、これから彼らの犬が新しい家庭で「良き家庭犬」として機能するよう、そして犬種らしい「特技」を発揮できるよう、ある程度お膳立てしてくれている。決して血統だけに頼っているわけではない。


いいたいのは、ショップよりもむしろブリーダーから犬を得るという風潮が、日本にもこれからなんとかやって来て欲しいということ。ブリーダーが丹念に犬を育て、飼い手が丹念に犬を選ぶ。そのことで、不幸な犬というのは断然減るのではないか?


血統犬種をブリーダーから得よう、というのは決して贅沢なこととは私は思わない。むしろ、犬の人口や健康状態、気質をよりコントロールできる意味で、より倫理的な犬飼いにつながる。


これはスウェーデンがすでに証明してくれていることだ。捨て犬の問題が他の先進国ほど存在しないのは、このように買い手によって、そして犬種クラブやケネルクラブによって完全にコントロールされたブリーダーの存在が多いに貢献していると思うのだ。


それになによりも、facebookを通して、より人間同士の、温かみのあるブリーダーとの交流を経験することができた。ブリーダーから犬を買う、というのは実にいいことずくめなのだ。


※本記事はブログメディア「dog actually」に2013年1月24日に初出したものを、一部修正して公開しています


【この連載について】

世界中どこでも、人がいるところには犬がいます。両者の関係も、国が違えば千差万別、十人十色! スウェーデン在住のドッグライター・藤田りか子さんが、海の向こうからワールドワイドな犬情報を提供してくれるこの連載。あなたの常識を吹き飛ばす、犬との新しい付き合い方が見つかるかも?


【藤田りか子 プロフィール】

スウェーデン在住。レトリーバー2匹と暮らす。トレーニングは趣味、競技会はパッション。著書に「最新世界の犬種大図鑑(誠文堂新光社)」。犬雑誌「TERRA CANINA」編集者、Web「犬曰く」で活躍。

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