海の向こうからいぬ語り⑨いつでも&どこでも・環境訓練!

by 藤田りか子 2019.02.22

この間、仕事でデンマークに赴いた。久しぶりにラッコ (カーリーコーテッド・レトリバー)を連れていくことにした。今回は同伴するボーイフレンドが撮影中にお守りをすればいいのだ。ラッコを連れていったのは、一緒に旅を楽しむ、というよりも、環境訓練のためのすばらしい機会だと思ったからだ。


私と犬がいかにも優雅にスウェーデンの田舎暮らしをしている、なんて思われているようだが…とんでもない。田舎者には田舎者の苦労がある。こんな僻地にいるからこそ、あえて犬を連れ出す必要がある。さもないと、ある日突然街に出た時、他の犬や人混みにびっくりしたり、慣れないために非常に行儀の悪い犬になる。




うちの周りは、本当に驚くほど、人がいない。近所の家まで500m。おまけに村には10人しか人が住んでいない。通りを歩いても、犬に出会うことなどほとんどないのだ(犬よりもむしろシカによく出会う)。その意味で、都市部に住んでいる犬は、毎日が環境訓練になるし、他の犬とやんわりとやり過ごす術も身につけやすい。


デンマークに行く上でのラッコとのハイライトは、なんといっても、スウェーデンとデンマークをつなぐフェリー乗船である。島が浮かんでいるわけではなく、窓の外を見ても海原だけ。ほぼ4時間の、退屈この上ない船旅なのだが、若いラッコにこれほどぴったりの環境訓練はない。そう、どんな誘惑があっても、退屈でも、おとなしくする、という私のためのミッションが、彼にはある。それも4時間!


ヨーロッパのフェリーはたいてい犬同伴可だ。動物同伴OKのエリアあるいは共同小部屋があるが、なかにはテレビと水があるだけ。乗船時間が8時間以上の長いものとなると、デッキに砂場がある。そこで犬は用を足す。


犬がいるからといって、追加料金を取られることはない。もっとも、車ごと乗れるフェリーの切符を買ったので、犬のみならずボーイフレンドも無料で船に乗ることができた。ははは。


私たちが乗ったフェリーは乗船時間が短いので、個室はなく屋内デッキのみ。そこに、犬を連れて座ってもいいエリアがある。スウェーデンにおいて、公共の乗り物はすべて犬同伴可なのだが、なにしろ動物アレルギーを持つ人が多く、他のヨーロッパの国よりも、公共の場所に犬を連れ込む規制が厳しい。バスでも一番後ろに座ることになっているし、地下鉄や電車も犬が入っていい車両が区別されている。そして、フェリーにもまた、犬同伴可の場所が設けられているのである。犬同伴可といっても、何がある、というわけではない。水は用意されている。ティッシュペーパーもある。が、それだけだ。




人が廊下を通る度にラッコは体を起こそうとするが、いちいち確かめる必要がない、ということを彼は学習する必要がある。私の側にさえいれば、「確かめなくとも」何も怖いことが起こらない、というのを彼はなんとかここで覚える。飼い主=安心の源。これがすべての環境訓練の「いろは」だ。


ちなみに船の中を歩き回る、ということ自体も、なかなかいい訓練であった。デッキのつるつるした階段をなんとかバランスを取って歩く必要がある。まるで軍用犬や災害救助犬のトレーニングだ。ひとつひとつを私と一緒にクリアすることで、彼に自信が出てくる。そして私への信頼が増す。


「かぁちゃんといっしょにいれば、何も変なことは起きないんだね!」


犬にとって魅力的な飼い主になる、というのはこんなことも含まれると思うのだ。


雄犬vs雄犬という状況では、とにかく相手にお尻を向けておく。アイコンタクトをさせないためだ。こうしてテーブルマナーを学んでゆく。さて、最初はむずがゆそうであったラッコも、次第に自分の置かれた状況を悟り始めた。2時間後には腹を出して床で寝ていたぐらいだ。そばに他の犬もいて、彼女もグウグウ眠りこけていた。




もちろん、ラッコにとってこれが初めての公共交通による移動ではない。電車に乗ったり、バスに乗ったこともある。そして7ヶ月齢の時にすでに同じフェリーを経験している。しかし、犬の環境訓練というのは、常にアップデートを行っていなければならない。生涯に一度やっておけばいい、というものではないのだ。


年齢によって、ホルモンのバランスの状態も違っている。今までの経験によって、物事の感じ方も変わっている。特に現在のラッコのように思春期のまっただ中にいる犬は、テストステロンが血中を駆け巡り、自分でもコントロールができない状態だ。だからストレスにおちいっておかしな行動を身につけやすい。




私には失敗談がある。15年前、スウェーデンで初めて飼った犬は、厳しい冬の間、しつけ教室なども お休みしていたために、ほとんどの時間、家のまわりでしか過ごさなかった。


そして冬が終わり、春に街へ連れていったら、まるで別の犬に変わっていた。あんなに他の犬に対して問題なしの犬だったのに、これは驚きであった。その時に、自分の田舎暮らしのツケというものを思い知った次第だ。トレーニングのやり直し。しばらく時間がかかったものだ。


今回のデンマーク旅では、とにかく何でも、環境訓練としてどん欲に利用した。獣医さんを撮影する機会がある、と聞いた時には「これはトレーニングにぴったり!」と、さっそくラッコを同伴。病気でもしなければ、獣医に行く機会はない。この撮影中、動物病院に入ってくる犬たちをすべて無視する態度を習得できる。犬が出たり入ったりする忙しい状態、というのは、田舎にこもっていると滅多に経験できるものではない。獣医クリニックに訪れるだけでも子犬には大変有益な環境訓練となる。


友人のディナーに招かれたときも、やはりすかさず犬を同伴してディナーに参加。友人も犬を連れているから、これもすばらしい練習となった。友人とはドッグトレーナーのヴィベケ。彼女の雄犬であるアスランは過去に何度かけんかを仕掛けられたために、自分の住んでいるテリトリー内に雄犬がやってくるということを特に好まなかった。ヴィベケも私も、双方で雄犬をコントロールする必要がある。ぼけ〜とディナーを食べるわけにはいかないが、お互いに環境訓練をするためならと、喜んで協調した。




雄同士には「ガンつけコンテスト」がつきものである。ただし、本来、レトリーバーは雄同士の張り合いというものは持ってはいけない。レトリーバーたるもの、他の雄犬がいても、まるで気にしない犬でなければ! なんといっても、落ちた鳥を回収するために、一緒にフィールドへ放たれるのだ。


しかし、悲しいかな、種類にかかわらずレトリーバー種には、ラッコやその兄弟のように、雄として鼻息が荒い個体がたまに出てくる。ブリーダーは健康面にはよく気を配ったが、気質面で、このブリーディングは完璧ではなかった(まぁ、ブリーディングというのはそういうものだ。難しい)。


ラッコがちょっとでも、アスランの視線を探し始めると、私は急いで彼の気持ちを紛らわすためにトリーツを使ったり、手で目の前を遮ったりして、とにかくアイコンタクトを避けた。お尻を向ける、というのは礼儀正しいボディランゲージであることは皆さんもご存じだろう。だから、アスランに対して、お尻を向けさせて常に座らせていた。


アスランもラッコも、けんかを売られると、買ってもいいと思うタイプだ。一歩たりとも絶対に譲ることはしない。だからこそ、けんかの「け」の字の気配すら漂わせてはいけないのだ。それに若犬は、一度学習してしまうと、それを癖のようにして、生涯ずっと身につけてしまう。だから、こういう環境訓練は早期の対処がとても大事だ。


もっとも、対するアスランは平和主義者。相手さえ何もアクションを起こさなければ、常にカーミング・シグナル (※1)を出して、平和を保とうとしてくれていた。


繰り返すが、これもラッコにとって初めてのことではない。普段スウェーデンの友人と一緒にトレーニングに出たりして、ラッコは他の雄と空間を何度も共有している。でも、私がよく落ち合う友人の犬ではなく、私がよく行く家やクラブハウスでもなく、まったく見たことのない雄犬を、初めての環境でやり過ごす訓練を入れるという、環境訓練の更新こそが必要なのである。


※1 カーミング・シグナル
犬同士が争いや危機を回避したいときや、犬自身の不安やストレスを発散して気持ちを落ち着かせようとするときに行う犬の行動・仕草




デンマークから帰ったら、ラッコも私もヘトヘトで、翌日はお互いにベッドをシェアして伸びていた。しかし、こんな訓練をこなしていく度に、伸びるのは、ラッコの中での自信でもある。のみならず、飼い主としての自信も伸びてゆく。そして願わくば、私とラッコとの信頼関係も伸びていくこと。どんな機会も逃さずに、毎日がトレーニング!と考えると、犬と暮らすことが、なおさら楽しくなってくる。


ちなみに犬の飼い主として認められる条件は、これら環境訓練などの「面倒くさい」というものをすべて「楽しい」と感じられることだと、私は思っている。


※本記事はブログメディア「dog actually」に2014年6月18日に初出したものを、一部修正して公開しています


【この連載について】

世界中どこでも、人がいるところには犬がいます。両者の関係も、国が違えば千差万別、十人十色! スウェーデン在住のドッグライター・藤田りか子さんが、海の向こうからワールドワイドな犬情報を提供してくれるこの連載。あなたの常識を吹き飛ばす、犬との新しい付き合い方が見つかるかも?


【藤田りか子 プロフィール】

スウェーデン在住。レトリーバー2匹と暮らす。トレーニングは趣味、競技会はパッション。著書に「最新世界の犬種大図鑑(誠文堂新光社)」。犬雑誌「TERRA CANINA」編集者、Web「犬曰く」で活躍。

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