海の向こうからいぬ語り⑬わたしの犬は素晴らしきアルファ・シンドローム!

by 藤田 りか子 2019.06.18

たとえ食事中のテーブルに犬が来たとしても「降りなさい」といって、きちんと守れる子なら大歓迎!

前回、犬の世界にまつわる派閥などについて述べた。それで思い出した。今さらだが、「アルファ・シンドローム」(※1)なるものについて語りたい。


※1 アルファ・シンドローム

犬が飼い主に従わず、自分が一番偉いと思い込み、自分の欲求を満たそうとする問題行動のこと。「権勢症候群」とも言う。




スウェーデンのとても有名なドッグ・インストラクターであるエヴァ・ボッドフェルトさんは、犬の気持ちを理解して問題行動を解決する、という今時のトレーナーであるばかりではなく、すでに20年以上も前から、ワーキングドッグクラブのオビディエンス、IPO(訓練競技会)、足跡追求などに参加する、競技会大好きコンペティター(選手)でもある。


その彼女の、というかその彼女だからこそ、のトレーニング哲学というのは、「いかに犬が楽しい気持ちを飼い主と持つか」に他ならない。この気持ちが犬にあるからこそ、いっしょに仕事をする、あるいは家庭のルールを守ったり、散歩を快適にこなすべきマナーを守ってくれる、という。


ある日、エヴァさんはレストランのテラスで食事をしている時にテーブルから、愛犬にお皿の残りの肉切れを与えた。彼女の愛犬は、テーブルの横におとなしくしてじっと伏せをしていたものだ。そして彼女は私にこう言った。


「ね、アルファ理論によると人間が食べている時に犬に食べ物を与えちゃいけないなんて、いうの。バカらしい。だから、私は余計にテーブルから食べ物を与えたくなるのよね。そして、証明したいと思うの。そんなこと、絶対に関係ないって」




もう一人、スウェーデンで大御所と言われるラーシュ・フェルトさんという生物学者であり、スウェーデンのケネルクラブとワーキングドッグクラブのために、何冊も本を書いたインストラクター(現在はスカンディナビアン・ワーキングドッグ研究所に所属)、かつ犬の気質を分析するパイオニア的存在の氏も、あるセミナーでこう語った。


「食事の時っていうのは、家族が集まる機会です。それに、犬を参加させてはいけないとか、時にはケージにいれて隔離するべき、という人もいる。これは、残酷ですよね。なぜって、犬は家族の群れに属する動物です。そして食事の時ほど「群れ」っぽい機会もない。それに参加させてあげられないなんて!!」


ラーシュさんによると、犬にとっては食事のテーブルは大事な大事な「群れへの帰属性を確認する機会」でもあり、より絆を確かに感じる時だという。




もし犬と同じテーブルで食事を共にすることで、人間の地位がおとしめられるのであれば、これらインストラクターの犬たちは、とっくにアルファ・シンドロームとなって、家庭を崩壊させているはずである。しかし、それどころか、エヴァさんのレトリーバーはオビディエンスや足跡追求、そしてフィールドトライアルの上級レベルを競っているし、ラーシュさんは、軍事犬すら作ってきたドッグトレーニングのプロ中のプロ。


時に「人間が犬にいい思いをさせていると、犬がつけあがる」と感じる人もいるようだ。ポジティブメソッドを推奨するトレーナーの考え方は、この哲学とは正反対のものだ。犬がいかに人にいい感情を持ってくれるか、仲間意識を持ってくれるか、というのが、彼らの基本的テーゼでもある。


ただし、一つ間違えてはいけないことがある。犬がいい気持ちを持つ際に、「それは飼い主との存在を犬が意識した上での楽しい感情」、というのがキーである。勝手に犬が気持ちよい思いをしている(犬の頭には飼い主の画像はまったくなし)、というシナリオになると、アルファ・シンドロームを提唱する人々の意見は、確かに状況をうまく説明していると思う。そこで、どうして「ポジティブ派」の飼い主はアルファ・シンドロームを提唱する人から時々ケチをつけられるのか、と考えてみた。


一番有名なところで「ポジティブ派」は犬に「ノー」を言ってはいけない、という主張。これに、そもそもアルファ派は馴染めない。で、本当によく見るとポジティブ派の飼い主の犬の中には、まったく好き勝手なことをしている、っていうのはよくあることだ。ワンワン吠える、落ち着きはない...。ここで「ガツンとやらなきゃ!」とアルファ派は言うだろう。




しかし、本当に犬を制御している「ポジティブ派」の飼い主は、そもそも、犬がワンワン吠えるまでになんらかの予防策を打っている。だから吠えないで済んでいる。吠えてしまった犬を、コンサルタントする際は、社会化訓練を最初から始めるなど、根本から直していこうとする。犬のコントロールが取れていない「ポジティブ派」の飼い主の犬は、まず予防策が甘いのと、ルールをちゃんと作ってそれに上手に犬に従ってもらう、という態度をすっかり欠いていたりする。


制御とかコントロールという言葉を使ってきたけれど、アルファ派であれ、ポジティブ派であれ、手段こそ異なるが、実は、犬の行動をなんとか制御している、という点では同じだ。


かくいう私も、実は、レトリーバーのトレーニングコースをいくつか取ったうち、アルファ派の講師にあたったことがあった。その時に、「身をかがめていたら、犬に小さく思われ、人間の威厳をなくすよ」と言われた。「またこういうアルファ派の解釈か」と思いながら聞いていたが、しかし、同時に彼のいうことは決して無視してはいけないことだと思った。


実際に私は身をかがめており、犬に対する「断固」とした態度もなかったばかりか、犬に覆いかぶさりがちになって、ラッコ(愛犬の名前)に圧迫感と居心地の悪さを与えていた。よって彼は回収物を持ってきても、どうも、すぐに口から吐き出しそうになっていた。周りにたくさん人と犬がいるという環境で、私も緊張したりで、いつもの練習のときの「堂々さ」を欠いていた。ラッコもいっそう私に同調して、落ち着きがなかった。何はともあれ、そのインストラクターの解釈は、必ずしもいつも同意できるものではなかったのだが、指摘することは、私がうまくトレーニングをこなせない理由を見事についていた。




たしかに失敗を誘導しながら、それを罰することで犬に学習をさせるような一部のアルファ派のトレーニングは私の性格には合わないが、根本的にアルファ派もポジティブ派も、ある意味、同じことを提唱していたりする。解釈が違うだけなのだ。私の犬はアルファ・シンドロームに陥っているのかもしれない。しかし、ポジティブ派の目からみると、何をすべきかちゃんと犬が指示をもらえていないし協調が足りない、という解釈をするのだ。何はともあれ、インストラクターのいうことに関しては、知識さえ持っていれば、自分でいろいろ上手に仕分けできるようになるし、どの派閥であっても、いいところを吸収できると思う。


やはり気持ちはオープンでなければ!


※本記事はブログメディア「dog actually」に2015年7月1日に初出したものを、一部修正して公開しています


【この連載について】

世界中どこでも、人がいるところには犬がいます。両者の関係も、国が違えば千差万別、十人十色! スウェーデン在住のドッグライター・藤田りか子さんが、海の向こうからワールドワイドな犬情報を提供してくれるこの連載。あなたの常識を吹き飛ばす、犬との新しい付き合い方が見つかるかも?


【藤田りか子 プロフィール】

スウェーデン在住。レトリーバー2匹と暮らす。トレーニングは趣味、競技会はパッション。著書に「最新世界の犬種大図鑑(誠文堂新光社)」。犬雑誌「TERRA CANINA」編集者、Web「犬曰く」で活躍。

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