犬の不思議を科学する⑧攻撃的な性格は生まれ?育ち?モノアミンオキシダーゼA遺伝子の解析より

by 尾形聡子 2019.06.10

生まれか育ちか。


人の性格や行動特性は遺伝要因によるのか、それとも環境要因によるのか、という議論は古くから行われています。双生児の研究などから、現在はそれぞれ50%ずつ影響して決定されていると考えられているようですが、性格はたくさんの要因が複雑に絡み合って作られています。


そのため、「ある一つの遺伝子に変異があるからこういう性格になる」とか、「こんな環境で育つと必ずこういう性格になる」というような単純なものではありません。


とはいえ、性格には傾向があります。人の場合では、大きく5つの性格特性因子、開放性(Openness)、誠実性(Conscientiousness)、外向性(Extraversion)、調和性(Agreeableness)、神経症傾向(Neuroticism)により性格を説明できるとする、「ビッグ・ファイブ」という理論が広く認められています。


人と同様に、犬も性格はそれぞれに違います。さらに犬は人為選択による育種が影響し、犬種による性格の違いが作られている、すなわち、犬種の特性を作り出している遺伝要因の違いが、性格形成にも関与しているのではないかと考えられています。


犬は犬種という遺伝的に隔離されている集団に分かれているので、犬種特有の行動をとる背景にある遺伝子をみつけやすいだろうと考えられています。さらには実験室のマウスを使った研究とは異なり、犬は人と共に暮らしていることから、より複雑な行動や気質の評価ができるということもあり、人で先行している研究をベースに、犬の性格形成に関する遺伝研究が進められています。


怒りっぽさと関係がある遺伝子、モノアミンオキシダーゼA(MAOA)

人の性格形成に影響を及ぼすことで知られている遺伝子のひとつに、モノアミンオキシダーゼA(MAOA)があります。MAOAは神経伝達物質のセロトニンやドーパミンなどを分解し、活性を失わせる酵素として知られていますが、その酵素の量と怒りっぽい性格に関連性があることが示されています。


さらに、MAOAの発現量は、MAOA遺伝子のプロモーター領域(遺伝子発現を調節する領域)にある繰り返し配列の違いにより、多かったり少なかったりすることも分かっています。


たとえば、虐待を受けて育った子どもは精神面や人格の発達に影響を受けることが知られています。しかし、MAOAの発現量が多ければ攻撃的な行動をとることが少なく、MAOAの発現量が少ない場合には攻撃的な行動をとりやすい傾向にあり、同じような環境下で育ってもMAOAの発現量によって性格の傾向が異なってくるそうなのです。


また、乳児と、その母親が子どもへ抱く関心の関係をみると、男児の場合にはMAOAの発現量が少なく母親の関心が低いと怒りっぽくなり、女児の場合はMAOAの発現量が多く母親の関心が高いと怒りっぽくなるという研究結果がでています。


これは、個体は遺伝的にも環境的にも性格形成に影響を受けていること、さらには性別によっても影響が異なることを示している研究結果です。


影響に性差がみられるのは、このMAOAという遺伝子は人も犬もX染色体という性染色体上に存在している遺伝子だからだと考えられています。もともと1本しかX染色体をもたないオスと、2本持っているけれども遺伝子発現はランダムになる(片方のX染色体は不活性化されるため)メスとでは、その影響が異なるだろうことは想像の及ぶところです。


遺伝子と環境は相互作用している

このように個体の性格形成には、神経伝達物質やそれに関連する遺伝子、そして環境の両方から影響を受けていることが明らかになってきています。さらには最近、腸内細菌叢や運動と中枢神経系との関連性についても研究が進められていて、性格というものはさまざまな要因が複雑に絡み合って作られているのだとますます感じているところです。とはいえ、ひとまずここでは大きく、遺伝と環境という見方で話を進めていきたいと思います。


性格形成には遺伝と環境それぞれが独立して影響しているだけでなく、遺伝子と環境の相互作用による影響も重要な要素となっています。環境が遺伝子に影響を及ぼすもののひとつに、「エピジェネティクス」と呼ばれる「DNAの配列変化を伴わずに遺伝子発現の調整をするメカニズム」があります。生物の遺伝現象を知るための研究が遺伝学(ジェネティクス)とすると、エピジェネティクスはジェネティクスの要である遺伝子が、どのように働くかをコントロールする仕組みといえます。


たとえば、人は成長期、成人期、老齢期など、ライフステージによって生きていくために必要とされるタンパク質や、その量が異なります。また、個体の維持には、肝臓は肝臓として、皮膚は皮膚としてといったように、各臓器がそれぞれ正常に働き続けられることも大切です。


それぞれを構成する細胞の種類も違えば、作られるタンパク質やその量も違い、たとえ同じタンパク質が作られたとしても場所によって働き方が違うこともあります。このように、生物が生きていくためには、いつ、どこで、どのくらいタンパク質を作るのかを調整し続ける必要があるのですが、それを司っているメカニズムが「エピジェネティクス」というものなのです。


犬のMAOA遺伝子のジェネティクスとエピジェネティクス研究

人でのMAOA遺伝子と行動についての研究は数多く行われていますが、犬ではこれまでにほとんど行われていませんでした。そんな中、2016年、2017年と続いて2報、犬のMAOA遺伝子に関する研究論文が発表されました。ひとつは韓国での研究で、MAOA遺伝子のプロモーター領域におけるDNA配列の違い、もしくはエピジェネティクスの状態の違いがMAOA発現量に関連しているかどうか、そして犬種差があるかどうかを調べたものでした。


研究対象となったのは韓国のサプサル犬、ビーグル、ジャーマン・シェパードの3犬種。MAOA遺伝子のプロモーター領域における繰り返し配列には犬種差がなく、転写活性に影響を及ぼしていないだろうことが示されました。一方でDNAメチル化(エピジェネティクス機構のひとつで、遺伝子転写を制御する化学的な修飾)の状態は3犬種それぞれはっきりと異なっていることが分かったのです。


もっともメチル化されていたのはジャーマン・シェパードで、他の2犬種に比べてMAOAの脳での発現量が少ないことも示されました。このことから、MAOA遺伝子の発現量の違いとエピジェネティクスの状態には犬種差があり、犬種特異的に、または、個体の攻撃的な行動のとりやすさに影響している可能性があることが示唆されると研究者らは結論しています。


もう一方の研究では、MAOA遺伝子の多型(遺伝子を構成するDNAの塩基配列の個体による違い)を調べ、攻撃的な性質を見せたことのない50頭の犬の遺伝子配列を調べ、それぞれの犬を5つのグループ※(Ancient, Herding, Mastiff, Modern European, Mountain)に分けて比較解析を行ったものです。


※5つの犬種の分類とそれに相当する主な犬種

・Ancient :秋田、アラスカン・マラミュート、バセンジー、サモエド、シベリアン・ハスキー

・Herding :オーストラリアン・シェパード、ボーダー・コリー、ウェルシュ・コーギー・カーディガン、グレート・デーン、ラフ・コリー、シェットランド・シープドッグなど

・Mastiff :ボクサー、ブルドッグ、ラブラドール・レトリーバー、ニューファンドランド、ウェルシュ・コーギー・ペンブローグ、ピットブル、ヨークシャー・テリアなど

・Modern European :コッカー・スパニエル、ダルメシアン、ドーベルマン、ゴールデン・レトリーバー、シーズー、トイプードルなど

・Mountain :ジャーマン・シェパード、イタリアン・グレイハウンド、ミニチュア・ピンシャー、ロットワイラー、スタンダードプードル、セント・バーナード、バーニーズ・マウンテン・ドッグなど

その結果、11の多型が見つかり、そのうち7つは一塩基多型(SNPs:一つの塩基が異なる場合)で、4つは繰り返し配列の違いでした。また、ancientグループの犬たちのほうが、最近つくられた犬種のmountainグループの犬たちよりさまざまなタイプのMAOA遺伝子を持っていたことから、MAOA遺伝子の多様性が高いことが分かりました。


また、オオカミでよくみられる一塩基多型のタイプは犬では滅多に存在していないことも示されました。今回の研究では犬種グループごとにMAOA遺伝子の違いがあることが分かったというところまでなので、攻撃的な行動との関連性を調べるのは今後の課題とするようです。


攻撃性に関わるとされている遺伝子はMAOAだけではない

人での研究を鑑みても、個体の性格に影響を及ぼす遺伝子は、MAOAに限らずいくつも存在するだろうことが予想されます。たとえ恐怖や攻撃といった行動を示す傾向を持つ個体の遺伝的背景がすべて解明できたとしても、それだけでは性格形成の要因のすべてを解明したことにはなりません。


犬での性格形成への遺伝と環境の影響も半々だろうともいわれている昨今ですので、どのような環境要因が影響しているのかを知ること、そして環境が遺伝子に及ぼす影響を知ることも大事であることは決して忘れてはならないと思います。


そうはいっても、性格形成の半分の要因である遺伝的背景が明らかにされるならば、気質の健全性も含めた繁殖を行っていくための大きな指標にすることができると考えています。人でも一筋縄にはいかない性格形成のメカニズム解明ですが、犬種という遺伝的に異なる集団が存在している犬だからこそ、解明しやすいことがあるはずだとも思っています。今後のさらなる研究が待たれるところです。


※本記事はブログメディア「dog actually」に2017年3月21日に初出したものを、一部修正して公開しています


【参考文献】

・Association of DNA methylation and monoamine oxidase A gene expression in the brains of different dog breeds. Gene. 2016 Apr 15;580(2):177-82.


・Polymorphisms in the canine monoamine oxidase a (MAOA) gene: identification and variation among five broad dog breed groups. Canine Genet Epidemiol. 2017 Jan 13;4:1.


【この連載について】

いつも私たちの身近にいてくれる犬たち。でも、身体のしくみや習性、心のことなどなど、意外と知らないことは多くあるものです。この連載から、“科学の目”を通して犬世界を一段深く見るための、さまざまな視点に気づくことができるでしょう。


【尾形聡子 プロフィール】

ドッグライター。生まれ育った東京の下町でスパニッシュ・ウォーター・ドッグのタロウとハナと暮らしている。ブログ『犬曰く』雑誌『テラカニーナ』にて執筆中。著書に『よくわかる犬の遺伝学』。

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