犬の不思議を科学する⑦ 間違っていると伝えるほうがいい? 犬に新しいことを教えるとき

by 尾形聡子 2018.06.19

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犬へのしつけやトレーニングにおいて、犬が正しいことをしたら、褒めたりクリッカーをならしたりして報酬を与えるというのは、基本的なトレーニング方法のひとつとして広く知られています。しかし、間違いたときにはどうしたらいいでしょう?罰するのではなく、間違っている行動をしているのを知らせることは、はたして犬が学習するうえでプラスに働くのでしょうか。


間違えたときは無視したほうが習熟度が上がる

ニューヨーク市立大学ハンター校の大学院生が、犬に間違いていることを知らせる=報酬のないマーカーを使う(no-reword marker)ことが、犬の学習にどのように影響を与えるかを研究し、修士論文としてその結果を発表しています。


この研究では、さまざまな犬種・年齢の27頭が参加しました。実験室の片隅に直径28インチ(約71センチ)の輪っかを床に置き、その中に両方の前脚を入れるというトレーニングが行われました。


トレーニングはふたつのグループに分けて行われ、片方は報酬マーカー(クリッカー音)だけを使い、間違いた行動には反応せず無視するようにしました。もう片方のグループでは、報酬マーカーにくわえて間違いたことを知らせる音(ピアノの鍵盤中央の“ド”)を聞かせました。いずれのグループも正しい行動の後にだけおやつのご褒美をもらえるようにしました。


トレーニングは、犬に“Hoop”という号令を出す→犬が前脚を輪の中に入れたらクリッカー音を鳴らす→そのあとにご褒美を与える、という流れで行われました。また、トレーニングは6段階のレベルに分けられており、レベルが高くなるほどご褒美のおやつが減っていき、もっとも難易度の高いレベル6ではおやつがなくても“Hoop”と言われたら前脚を輪の中に入れる状態になるとするものでした。


犬がどのくらいトレーニングを習得できたかを判断するものとして、レベルの到達程度と、正しい行動をした割合が調べられました。


その結果、ふたつのグループでの習得状況の差は歴然としていました。正しい行動にだけに反応し、間違いを無視したグループの犬たちは、間違いを音で知らされる、いわば“余分な情報”を与えられていたグループよりもより早く学習していました。


レベルでは、間違いを無視したグループの犬の中央値がレベル4に達したとき、間違いを知らされていたグループはまだレベル1で、最終的には1頭もレベル2へと進むことができなかったそうです。


また、正しい反応をした割合は、間違いを無視したグループが60%だったのに対し、間違いを知らされたグループは27%となっていました。結果を統計解析したところ、トレーニング終了後の習熟度は2倍の差がみられたそうです。


失敗を指摘するより、正しい行動だけを示すほうが効果的

この結果から筆者は、トレーニングの早い段階で失敗を指摘することは、犬によってはトレーニングを諦めてしまう原因にもなりかねないとする、ドッグトレーナーの説を支持するものだとしています。単純に正しい行動だけを見出すことができ、その行動に対して報酬が得られるほうが、犬のトレーニングは最終的に成功するということが示されたともいえます。


しつけやトレーニングにはさまざまな考え方や方法がありますが、トレーニングや遊びの知識を増やして愛犬とのプラスの関わり合いをますます増やしていけるようにしたいものですよね。それがお互いにとって、幸せな毎日を過ごせることへとつながっていくと思うのです。


※本記事はブログメディア「dog actually」に2016年3月24日に初出したものを、一部修正して公開しています


【参考文献】
Training a New Trick Using No-Reward Markers: Effects on Dogs’ Performance and Stress Behaviors. Naomi Rotenberg. 2015.


【参考リンク】
Psychology Today


【この連載について】

いつも私たちの身近にいてくれる犬たち。でも、身体のしくみや習性、心のことなどなど、意外と知らないことは多くあるものです。この連載から、“科学の目”を通して犬世界を一段深く見るための、さまざまな視点に気づくことができるでしょう。


【尾形聡子 プロフィール】

ドッグライター。生まれ育った東京の下町でスパニッシュ・ウォーター・ドッグのタロウとハナと暮らしている。ブログ『犬曰く』雑誌『テラカニーナ』にて執筆中。著書に『よくわかる犬の遺伝学』。

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