by 尾形聡子 2019.07.03
犬は人と共に暮らしていくにあたり、オオカミには見られないさまざまな認知能力を身につけてきたことが研究により明らかにされてきています。人とどのようにしてコンタクトをとるかというだけではなく、さらに、生理的な機能、食べ物の消化能力においても犬はオオカミと異なることが2013年、科学誌『Nature』に発表されました。
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犬の家畜化の起源については諸説あるものの、今から15,000年以上前に起こっただろうという点については定説になっています。その当時の人々は狩猟生活を送っていましたが、後に農耕を開始するようになりました。およそ10,000年前のことといわれています。狩猟から農耕へと生活スタイルが変化して摂取する栄養源も変化してきたことに伴い、人類は穀物を消化する能力を獲得してきました。一方で、肉食のオオカミから進化した犬は、いつその能力を獲得したのでしょうか。
謎を解き明かすため、フランス、スウェーデン、ルーマニアの研究チームは研究を重ね、結果を『Royal Society Open Science』に発表しました。彼らはヨーロッパにある5,000~7,000年前の遺跡(ルーマニア、トルクメニスタン、フランス)から発掘されたオオカミと犬の骨と歯からDNAを抽出し、穀物を消化するためのでんぷん消化酵素(Amy2B)の解析を行いました。
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犬はオオカミよりもより多くのでんぷんを消化することができる
それまでの研究から、犬はオオカミに比べて、でんぷん消化酵素であるAmy2B遺伝子のコピー数を多く持っていることがわかっていました。コピー数が多ければ多いほど、より多くのでんぷんを消化することができる、というわけです。現在のオオカミやコヨーテ、ジャッカルのほとんどはAmy2B遺伝子のコピー数が2つのところ、犬は2~30コピー持っていることが示されていますが、発掘された犬の骨から、少なくとも4頭が8コピー以上持っていたことがわかりました。残念ながらオオカミの骨の化石からはコピー数を特定することはできなかったようなのですが、これらのことから、遅くとも5,000~7,000年前までには犬はでんぷんを消化できるよう、体を進化させていたことが明らかになったのです。
また、『Heredity』に掲載された論文では、犬種によってAmy2B遺伝子のコピー数に違いがみられることが示されています。解析された50犬種のほとんどで遺伝子のコピー数が5つ以上あったものの、オーストラリアのディンゴやシベリアン・ハスキー、同じくそり犬のグリーンランド・ドッグなど、オーストラリア大陸と北極圏の犬たちが持つコピー数は2つでした。これは、農耕の広がりと食餌内容が、犬種によるコピー数の差につながっているだろうことを示唆するものです。
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Diet adaptation in dog reflects spread of prehistoric agriculture. Heredity. 117,301–306. 2016.
狩猟から農耕へ。この生活スタイルの変化に適応してきたのは人だけでなく、犬も同じように進化を遂げてきたことはどうやら確実といえるでしょう。長い長い共生の歴史を経て、人と犬が共に獲得してきた形質は、でんぷんの消化能力にとどまらず、ほかにも存在し得ると思うのです。
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