top / なぜ私たち獣医師は、それでもこの仕事が好きなのか。

なぜ私たち獣医師は、それでもこの仕事が好きなのか。

予防啓発

なぜ私たち獣医師は、それでもこの仕事が好きなのか。

「獣医師の明日は、動物の未来」大学5年生のとき、社会人人生のテーマをこう設定した。「先生みたいに、動物のお医者さんになりたい!」と目を輝かせる子どもたちに対し、全ての獣医師が笑顔で応えられる青写真を想った。

あれから10年が経ったいま、その真価が問われている。

狭義では、「命」を扱う職業は2つある。ひとつは医師、もうひとつは獣医師だ。しかし、現実は残酷だ。テレビドラマや映画で華々しくメスをふるう医師が取り沙汰される影で、獣医師はひっそりと日々ウンチや嘔吐物の掃除に追われている。

それでも、獣医師は、毎年「将来なりたい職業ランキング」で上位にあがる。「動物の命を救いたい」という本能的とも言える純粋な憧れは、今も昔もそう変わらないのだろう。しかし、獣医師になるのは、そう簡単でもない。

獣医師になるためには、獣医学部(獣医学科)に入学する必要がある。しかし、難関だ。加計学園問題で、耳にタコができるほど報道されているように、全国には16の獣医学部があるが、しかもこの全16校の偏差値は60~72と総じて高い。

加えて特徴的なのは「倍率」だ。その定員数に比べ志望者は多く、一部の大学では20倍を超える。過去には100倍以上に高騰した大学もある。

おまけに学費といえば、私立大学を卒業するまでに1,000~1,500万円ほどかかるとされており、安いとは言えない。

そんな狭き門をくぐった若者は、6年間の学生生活に入る。とはいえ安心はできない。年2回の学期末テストが、なかなか大変なのだ。

英語やドイツ語をはじめとした6ヶ国語以上の語学、数学、生物、物理、化学などの一般教養に加え、専門課程にあたる生理学や薬理学、公衆衛生学など、とにかく科目が多い。そのうえ解剖学などでは、骨格ひとつにしても、牛、馬、羊、豚、鶏、犬、猫と全てを暗記しなければならない。試験の2週間前ともなると、夜な夜な友人と集い、朝まで勉強したものだ。

数年後、世の同級生たちが、スーツで新入社員歓迎会を受ける頃、獣医学生は白衣をまとって研究室に所属する。外科などの研究室では、徹夜で手術のヘルプなどがあるため、アルバイトは難しい。また、先輩の実験を手伝ったり、次第に自身の研究のための実験や勉強にも没頭しはじめる。

そして、最終学年である6年生を迎える。この年は、通常の期末試験に加え、卒業論文の提出と、卒業試験が待っている。大学にもよるが、この卒業試験は、後に控える国家試験に匹敵するほどの勉強量が必要な試験だ。もちろん、同時期には就職活動も重なる。

その年の2月。とうとう、それまでの集大成ともいえる「獣医師国家試験」に挑戦する。全国約1,000人の獣医学生と、運悪く前年に落第した元学生が、この日に向けて猛勉強に励むのだ。この1年間の勉強量と言えば、大学受験のそれとは比にならない。

こうして、彼らは晴れて獣医師の免許を授かる。その日ばかりは、難しいウイルスの名前など忘れ、仲間と涙の酒を酌み交わす。

ところで、いわゆるペットの獣医師の給与はどのくらいだろうか。親に高い学費を払ってもらい、本人も努力をしてきたわけなので、さぞかしバラ色だろうと思ったら実はそれほどでもない。

新卒から数年は、年収300-400万円くらいが相場だろう。社会保険が付いていないことも珍しくない。

子供の頃に夢見た動物のお医者さんの姿は虚像だ。院長でさえ、毎日ウンチや嘔吐物の掃除に走り回る。

4月は、予防シーズンとよばれ、年間で最も多くの患者が来院する時期にあたる。卒業したばかりの新人獣医師は、もれなくこの洗礼を受ける。朝から晩までワクチンや健康診断、フィラリアの検査に追われ、先輩から何かを教えてもらう暇もない。

昼間が忙しいため、オペは外来が終わる頃、つまり夜から始まることも多い。そのオペが終わったあとでも、急患の連絡があれば、我々はまた息を吹き返し、頭と手をフルに動かし始める。
こうしてクタクタになって帰宅した後、今日診た病気をもう一度勉強するため、厚さ8センチほどの英語で書かれた教科書を開き、そこで意識を失う。

勤務医でいる間は、こうした日々が続く。

数年が経ち、院長に次ぐ存在になり始める。年収は、500-600万円くらいだろうか。もちろん全員ではないが、多くの場合、このあたりの年収で頭打ちとなる。

この頃になると、診療にも自信がつき始め、重症患者やオペを任されるようになる。次第に自分の能力を過信し始める。そんな時代、私たちは過ちを犯しがちだ。

命を扱う職業であるがゆえに、打率は常に10割でなければ許されない。でも、現実には難しい。そんな時、私たちは自分の愚かさと動物の苦痛を知り、泣く。

こうして、一人前の獣医師へ成長していく。

そんなころ、結婚や出産といったライフイベントが訪れる。しかし、出産休暇や育児休暇のシステムが整う病院はまだ少ない。女性獣医師のいくらかは、このまま病院を去る。

そして、彼らは勤務医と開業医の岐路に立つ。漠然と考えていた「開業」の2文字が、急に現実味を帯び始めた。しかし、どうしたことか。振り返ってみると、いままで経営の勉強をしたことはない。自分はやっていけるだろうかと不安を感じる。しかし、学生のころから、もしかするともっと前から、ずっと開業を夢に描いてきたのだ。
勤務医は、おそらく人生で最も大きな決断を下し、ついに開業医となる。

もちろん、現実はそう甘くない。ポルシェやフェラーリといった超高級車に乗れるようになるのは、ほんの一部だ。億にも届きそうな借金を双肩に乗せた若き院長は、勤務医のあのころ以上にウンチを掃除し、ワクチンを打ち、オペをする。8センチの教科書を開く代わりに、赤黒の2色で書かれた帳簿を開き、やがて意識を失う。

獣医師や獣医学部の数が、足りていないのか多すぎるのかの議論をするつもりはない。ただファクトとして、あなたのよく知る獣医師の多くには、こうしたヒストリーがある。

ビールを片手に夕飯を食べていると、珍しくテレビから「獣医師」という単語が聞こえてきた。私たちは反射的に目を向け、それぞれ物思いに耽る。

私たちは、なぜこの仕事をしているのだろうか。

その答えはきっと、「好き」なのだ。

毎日ウンチにまみれても構わないと思わせてくれるほどの魅力が、この仕事にはある。

愛する動物たちに囲まれ、仕事ができる。診療の合間には、入院動物の頭をそっと撫でて癒される。病気が治ったあかつきには飼い主と手を取り合って涙を流し、また次の命に向かう。

「動物の命を救うんだ!」 幼いころ、ただ純粋にそう誓ったあの頃のままの私たちは、そんな獣医師という職業が、単純に大好きなのだ。

「獣医師の明日は、動物の未来」を掲げた筆者は、救急病院の臨床キャリアに終わりを告げ、いまはペット保険の企業で経営に関する仕事をしている。自分なりには、ある点で強く繋がっているつもりだが、聴診器を置いたいま、このような記事を書くことは、ある種無責任であるかも知れない。
しかし、何度でも言おう。この職業は魅力的だ。動物のより良い未来を創るため、お金や労苦といったことだけに囚われず、子供たちの「夢の職業」であり続けたい。

文責 小川篤志(獣医師)