【動物と遺伝病③】 遺伝病と向き合う ~DM発症犬とある飼い主の物語~

2019.06.05

遺伝病と犬の歴史の関係や、どのような遺伝病があるのか、数回にわたりご紹介してきた「動物と遺伝病」シリーズ。


今回は、愛犬とともに、変性性脊髄症(以下DM)という遺伝病に向き合った、飼い主さんの体験記をお届けします。この病気を発症するといったいどのようなことが起こるのか。そしてそのときの飼い主さんや犬の想いは――。


私たちと同じ立場である飼い主さんの目線を通して、「動物の遺伝病」の問題を少しでも“自分ごと”として感じていただければと思います。


【取材協力】
峯村百合子さん、アスター(ジャーマン・シェパード/男の子)


“テンションの高いマザコン”犬、アスター

▲左がアド、右がアスター。抱っこされているのは、Mプードルのリラ。今も峯村さんと暮らしています


今回お話をうかがった峯村さんは、犬好き一家のご出身。ご自身も、小さいころから子犬を拾ったり、野良犬をはべらしたりと、何かと犬との付き合いが深かったとか。


そんな峯村さんが、初めて“自分の犬”として迎えたのが、ジャーマン・シェパードでした。その理由を聞くと、「小さいころから警察犬の訓練士になるのが夢だったんです。だから“訓練=シェパード”だろう!と」


18歳のときに迎えた念願のファーストドッグが「アンティス」。そしてアンティスが7歳のときに2頭目としてやってきたのが「アスター」でした。


2頭はどんな子でしたか?とうかがったところ、「アンティスはいつでも冷静で、信頼がおける完璧な犬。あんな犬にはもう二度と会えないでしょうね」と、 “伴侶”のような存在だったと教えてくれました。


一方、次男犬のアスターは、峯村さんいわく「テンションの高いマザコン」(笑)。アンティスとは真逆の、何事にも全力投球するやんちゃ坊主だったそう。


「私はよくものを落とすんですが、そういうときはアスターに拾いに行かせていたんです。でもそのうち、私が落としものに気づいて“あっ”と声を出すだけで、“落とし物だな!? オレが取ってきてやる!”って、まだ指示も出してないのに飛び出していくようになって。仕事が大好きで、意欲が高くて、空回りするタイプ(笑)。まさに“手がかかる子供”って感じです」


目を細めてそう振り返る峯村さんですが、そんなアスターの身に異変が起きたのは2013年の夏、彼が8歳のときでした。


アスター、DMを発症

始まりは散歩中、アスターの歩く姿に「なんとなく後ろ足に力強さがないな」と感じたこと。


「もう8歳だし、衰えてきたのかなと思っていたんです。アスターは5、6歳のころに馬尾症候群(ばびしょうこうぐん)の疑いがあったから、そのせいもあるのかな、とか」


一方で、アスターの兄弟犬が当時すでにDMを発症しているという事実も。それだけに、DMの可能性が頭をかすめるも「そう思いたくないという気持ちが強かった」と峯村さんは語ります。


しかしそのうち、散歩で足の甲が汚れるように(これは麻痺の兆候を示すサインのひとつ)。友人にもアスターの歩き方がおかしいことを指摘されはじめたのを機に遺伝子検査を受けた結果、DMの発症である可能性がきわめて濃厚であることがわかりました。


知人のDM発症犬「アド」のお迎え

ちょうど同じころ、峯村さんは知人のシェパードを引き取る決断をしていました。それが、災害救助犬活動を共に行ってきた仲間の愛犬「アド」。


飼い主さんには止むに止まれぬ事情があり、泣く泣く2頭の愛犬を手放さざるを得ない状態でしたが、そのときアドはDM発症からおよそ2年が経ち、介護の手を必要としていました。


大切な仲間であるアドと飼い主さんの窮状を見過ごせなかった峯村さんは、ご自身がアドの新しい飼い主に名乗りを上げたのでした。


「いいと思うものは、全部やってあげたかった」

DMの進行はゆるやかで、徐々に症状が現れますが、まずは後ろ足にさまざまな異変が起こります。


アスターも、正常時より大股になるので跳ねるような歩き方になったり、後ろ足の自由がきかないのに、足の裏の刺激には逆に敏感になったりしたと言います。


アスターの運動量や筋肉量をなるべく落とさず、気持ちよく遊ばせてあげるために、発症から10ヶ月が過ぎたころ、まだ自力歩行が可能なうちに、後ろ足用の2輪車イスを導入。


アスファルトの道では車イス、公園の土のうえでは自力歩行といった具合に、シーンに応じて柔軟にツールを使い分けながら、アスターがなるべく長く過ごせるようケアを続けました。


「いいと思えることは何でも取り入れました。ハリ治療で全身のバランスを調整したり、オゾン療法や温灸を行ったり。夏場には水中ウォーキングにも行きました。


それに、ビタミンB12やサプリメントがいいと聞けば、与えてみたり。病気の進行を止めることは不可能だとしても、いいと思うことは、全部やってあげたかったんです」


それでも、足が動かせなくなることで通気性が悪くなる後ろ足の内股や脇の下などにマラセチアによる皮膚炎が発症したり、自力での排尿ができなくなることが原因で起こる膀胱炎など、症状の進行とともにほかの病気も併発するように。


これはアスターに限らず、DMを発症した犬たちに多く見られる病気だそうで、そちらの治療を行いつつ、進行とともに現れるさまざまな症状に合わせ、峯村さんはケアを続けました。


介護グッズや環境づくりは症状に合わせて創意工夫

さらに、歩く際にふらつくようになってからは、危なくないよう部屋の角にコーナークッションを設置するなどの飼育環境の見直しを行い、車イスのほかにもさまざまな介護用品を導入。「細かく挙げればキリがない」そうですが、大まかには次のような介護用品を活用したと教えてくれました。

  • 後ろ足ハーネス

  • オリジナル胴着

  • 差込便器(圧迫排尿時に使用)

  • 床ずれ対策用ベッド

なかでも不可欠だったというのが、首と両手の3点を軸に身体全体を使って持ち上げることで、確実に安定して抱き上げられるよう配慮された、オリジナル胴着。最大で40キロ近くもあったというアスターを抱きかかえるのは「まるでウエイトリフティングのようでした」と峯村さんは振り返ります。


そもそも品数もバリエーションも少ないであろう大型犬の介護グッズ。その時々の状況や愛犬のコンディションに合わせ、飼い主自らが改良をせねばならないという難しさがあるようです。


突然やってきた、アスターとのお別れ

DM発症から3年を過ぎた2016年暮れ。すでに4輪車イスで全身を支えなくてはいけないほど動けなくなっていたものの、毎日欠かさず散歩に出かけては、フリスビーキャッチ(のフリ)を楽しむ、穏やかな日々を送っていた峯村さんとアスター。


「このまま行けば4月の誕生日を迎えられるかも」


そう思っていた矢先、年越し直前の12月28日に突然高熱を出したアスターは、年が明けた直後の2017年1月4日、DMの末期症状でもある、飲み込む力が低下することで起きる誤嚥性肺炎により、その生涯を閉じました。調子を崩してから、本当にあっという間の出来事だったそうです。


犬たちの死を無駄にしたくない

峯村さんは現在、DMを発症したシェパードの介護と共に向き合った犬仲間と、その歩みをそばで支えてくれた仲間たちともに、サイト「DMゼロを目指して」を運営しています。


ご自身にとっても、介護仲間との情報共有が大きな支えになったことから、DMの介護経験を通じて得たさまざまな知見を提供するとともに、DM撲滅に向けての活動を行っています。


こちらのサイトでは、前述した介護グッズの詳細な説明や介護方法などのほか、DMの進行過程を収めた動画など、貴重な情報が公開されています。


「アスターの兄弟犬4頭を始め、アドやその他の友人の、血縁外のシェパードまでもが同じ時期にDMを発症して。このことが偶然とは思えなくて、私たちオーナーに与えられた使命というか、何かしらの意味があるのだろうと感じました。


アスターやアド、亡き仲間犬たちの味わった苦しみを無駄にしたくないという強い想いから、このサイトを立ち上げました」


現在はミニチュア・プードルの「リラ」と暮らす峯村さんですが、いつかまた、シェパードと暮らしたいと言います。


「次に迎えるシェパード、そしてこれから生まれるシェパードたちが、DMではない子であってほしい。そのためにも、ひとりでも多くのシェパード愛好家やブリーダーさんにDMという遺伝病を知ってもらい、発症する犬を生み出さないことの必要性について伝えていきたいと思っています。


目指すのはサイト名の通り、“DMゼロ”です」




後ろ足の自由が効かなくなっても前足だけで動きまわろうとしたり、車椅子でボール遊びに興じるアスターの姿に、峯村さんは「あの持ち前の明るさに救われました」と語っていました。


それでも、思い通りにならない身体に苛立ちがあったのか、感覚のない後ろ足を血が出るほど噛んでしまったこともあったというアスター。


痛みを伴わず、麻痺していくこと以外は身体も気持ちも元気で、それなのにゆるやかに、確実に身体が蝕まれていく。DMは、愛犬と飼い主さん、その双方に想像を超える苦しみをもたらす酷い病気なのだと、お話をうかがいながら痛感しました。


以前「『クリアなコーギー』って何??」でも書きましたが、DMは「SOD1遺伝子」という遺伝子の変異が原因と見られ、現在は遺伝子検査により、個々の発症リスクを予見できるようになっています。


そして、発症リスクが低い組み合わせでブリーディングを行えば、将来、撲滅することができるかもしれない病気なのです。


いつかまた峯村さんが迎えるシェパードや、誰かの新しい家族になる犬たちが、DMの脅威にさらされることがなくなりますように。そんな未来が来ることを、願ってやみません。


【関連リンク】
DMゼロを目指して


アニコムグループは遺伝病撲滅に取り組んでいます

アニコムグループの取り組みの一環として、グループ会社であるアニコム先進医療研究所株式会社では、どうぶつの遺伝子検査を実施しています。


病気の原因遺伝子の研究はもちろん、発症させない仕組みの開発、治療方法の開発、終生飼養の仕組み、近交度の研究など、すべてをカバーした研究を進めています。


⇒詳しくはこちら


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